軽井沢辞典

2022.06.22

日本の家づくりにおける吉田兼好の呪いとは?

吉田兼好をご存じですか? 歴史や国語でも習う名随筆とされる徒然草を書いた作者です。彼は家づくりに関して次のように述べました。

”家づくりは夏をもって旨とすべし”

一体どういう意味でしょうか?

彼の言わんとしたことは以下の通りです。冬の寒さがいかに耐え難いといっても暖を取ればよい。また、着物を重ね着することもできる。翻って、夏の暑さはどうすることもできないのだから、良い家とは、夏に涼しい風通しの良い家である”

どう思われますか?

吉田兼好法師にとっていい家とは、現代建築用語でいうと低断熱・低気密の家となります。今でも、インドネシアのバリなど熱帯に行くと、壁がほとんどない家があります。確かに、朝夕には自然な風が入って涼しそうです。

しかし、あなたはこのような家に住めますか? 厳しい冬の寒さがある日本で??

現代生活では、エアコンがある。また寒冷地ではストーブなど他のさまざまな暖房装置があります。 昔は対処できなかった夏の暑さにも、技術で対応できるようになっています。そうなると、吉田兼好法師のいい家の定義はお蔵入りすると思うでしょう。

しかし、そうではないのです。日本の数多くのメーカーで意図的なのかあるいは無意識なのかいまだに数多くの中気密の家が建て続けられています。

この写真は建築途中のある大手木造在来工法のハウスメーカーの家の壁です。ツーバイの家などだと合板が張られるところに、斜め張りの細い木ずりが斜め張りされています。この家の壁が空気をよく通す=気密性が低いことは明らかです。おそらくこのメーカーは家の構造体の中で空気が動くことは良いことだと考えて、意識的にこのような壁の構造にしているものと考えられます。

これは今現在でも日本で建てられている大多数の家で採用されているであろう基礎パッキンです。コンクリートと木の間に挟まれている黒いプラスチックがそれです。

この目的は基礎とその上に乗る家の間に空いた空間を入れることで基礎内に空気を入れることにあります。しかしなんのために???

兼好法師の言葉は中世のテクノロジーで快適に過ごすという目的から出たものだったのでしょう。しかし、テクノロジーが進化して屋内で快適な環境が得られる現代になっても、彼の提言は、多くの日本の家づくり通奏低音のように鳴り響いているのです。

現代では夏を涼しく過ごすというよりは、家の構造体の木を守るために風通しをよくするというのがその理由です。しかし、家の構造体に風を入れないと木は腐ってしまうのでしょうか? 木というものはそんなにも柔なものでしょうか?

ちょっと細かい話になりますが、この現象を理解するには、家の基礎の変遷を知る必要があります。

古来、日本の民家の基礎は束石と呼ばれる石を地面に置いてその上に柱を建てました。このように木を土から離すことで、腐朽菌が木に乗り移ることを防いできたのです。束石はやがてコンクリートに置き換わりましたが、柱の下のほんの一部の基礎であることに代わりはありませんでした。 これを独立基礎と呼びます。

独立基礎では風が吹き抜けるので土台などの木が腐ったりシロアリにやられたりする危険は高くありませんでした。そして床下にも自由に入れるので、万一シロアリの被害にあっても、点検・措置を行うことは容易でした。

しかし、独立基礎は地震に弱いという大きな問題がありました。世界有数の地震大国の日本、より高い耐震性を求めて、柱の下に独立して経つ基礎は、家の外周をぐるりと取り囲む形の基礎へと進化しました。この形が布に似ていることがから、これを布基礎と呼びます。独立基礎から布基礎へと進化して、耐震性は大いに上がりました。しかし、1つ大きな問題が生じてきました、コンクリートで床下の外周を囲むことで床下への換気が取れなくなり、これが木材に影響を及ぼしたのです。つまり基礎パッキンは布基礎が失った床下換気を取り戻すための工夫なのです。

しかし、ここで大きな疑問が残ります。布基礎で囲まれることになった床下の地面です。

当初の布基礎ではここは土の地面のままでした。単に周りをコンクリートで囲われただけだったのです。つまり、部屋が和室なら、畳を上げると土の地面がこんにちは、だったのです。これではいかにも心もとないですね。また、湿気が地面から上がってくることも当然予想され、これが土台の腐朽、シロアリ食害へとつながっていったのです。

それで少しでも床下の換気を取るための基礎パッキンの登場と相成ったのです。

しかし現在では布基礎の家でも、床下を地面のままで放置する家は少なくなっています。この悪影響がわかるにつれて、防湿コンクリートを打つことが増えてきたのです。

さらに、現代では布基礎から変わってベタ基礎が増えています。これは床下の地面にも鉄筋を配したコンクリートを打つことで、より耐震性を高めたものです。

つまりベタ基礎の、本来なら閉鎖空間となった床下に基礎パッキンでわざわざ外気を入れているのです。これは家にとって良いことでしょうか? なんとも言えません。わたしは、閉鎖空間となった床下で、土台の木材が腐ることはほとんどないと考えています。地面からの湿気もなく、シロアリが入る隙間もありません。万一シロアリが侵入しても、濡れていない木材が食害にあう確率は低いと考えられます。

一方で、基礎内に外気を入れることは、断熱性能にとって間違いなくマイナスです。つまり足元が寒くなります。当然床には断熱材が入れられていますが、これで完全に外気からの冷輻射が防げるものではありません。そして足元が寒いものだから、エアコンの設定温度をやたら上げて、空気の温度は暖かくなりますが、床は冷えているという、快適とは言えない室内環境となってしまうのです。

いかがでしょうか、わたしが吉田兼好の呪いと呼ぶものをご理解いただけたでしょうか?

家の風通しが良いとなんとなく快適っぽいし、構造体にも良いだろうという素朴な思い込みが、実は国際基準的には失格な中途半端な断熱性能の家を生み出してしまっているといっても過言ではないのです。

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