軽井沢辞典

2021.04.15

軽井沢はいかにして軽井沢になったのか?

多くの人々で混雑する昔の軽井沢銀座
商店街を離れ一歩脇に入ると静かな
別荘地が広がります

明治時代初頭の軽井沢、今とは違いほとんど樹木がない原野の姿に驚かされます

ワイルドな自然が残る愛宕山別荘地
整然とした鹿島の森別荘地
雨宮敬次郎 出典:
Wikimedia Commons

わたしが覚えている軽井沢の情景は、1980年代のバブル時期にTVで放映された、多くの人々でごった返す軽井沢銀座の情景でした。 当時軽井沢銀座には、北野武のカレー屋に代表されるようなタレントショップが軽井沢に軒を連ねていたのです。雑踏が嫌いなわたしは、いったいミニ原宿みたいな場所のどこがいいんだろうと思って、それ以後軽井沢のことは脳裏からは失われてしまいました。

その後、再び軽井沢に触れたのは10年ほど経った後、高速道路と長野新幹線が開通した後でした。それまではたどり着くの一苦労だった軽井沢が、一気に近づいたのです。友人に招待されて北軽井沢会員制ホテルに滞在しました。北軽井沢には北海道にも似た広大な森林が残っていました。そこから車で40分ほど走り軽井沢へ。

そこで見たのは、深い緑の中瀟洒な別荘が佇む軽井沢でした。その静謐な佇まいは、以前TVで見た情景とは全く違っていて深い印象を残りしてくれました。樹々が多いのは他の田舎でもあります。でも軽井沢は何か違うのはなぜでしょうか? しばらく考えて、木が生えている場所は傾斜している山であることが多いのに、軽井沢では比較的平坦であるのに緑が濃く、これが独特のランドスケイプを作り上げているようでした。

避暑地としての軽井沢が、明治時代に外国人宣教師に見出されたのは有名な話です。カナダや英国の冷涼な気候の国からやってきた宣教師たちは、見知らぬ異国の環境での暮らし、とりわけ日本の夏の遮熱に倦んだのでしょう。そんな宣教師たちにとって、標高1000mに広がる高原はまさに天からの贈り物に思えたに違いありません。今でも火を噴く浅間山は大昔の爆発で溶岩が軽井沢に流れ込み、これが冷えて固まったことから軽井沢の比較的平坦な地形が構成されました。

標高が高いのに山ではなく高原、このような軽井沢の地形と冷涼な気候に外国人宣教師たちは母国を思い出したことでしょう、当初軽井沢を訪れた外国人たちは愛宕山当たりに粗末な山荘を建てて避暑に訪れました。別荘を持たない外国人たちをもてなした佐藤万平さんが始めた万平ホテルは今でも旧軽井沢の奥に、その優雅な佇まいを見せ、軽井沢の歴史を物語っています。

脱亜入欧の機運が高かった明治時代、軽井沢の自然の中で日々の疲れを落とすレクリエーションの考えは、その後軍人、政治家、実業家などの日本人富裕層へと広まります。軽井沢第2期の始まりです。愛宕山、万平ホテルの釜の沢当たりに点在していた軽井沢の別荘が鹿島の森、離山へと西に広がっていきました。

今訪れてもどことなく自然で素朴さが色濃く残っている愛宕山や釜の沢に比べ、整然と別荘地が並ぶ鹿島の森は富裕層の別荘地としての威容を誇っています。この辺りも、外国人宣教師と日本人富裕層の間で軽井沢に求めるものに微妙な差が表れているようで興味深く思えます。

写真の通り、江戸時代の薪の需要で樹々が切られたことも関係していたのでしょう、明治初頭の軽井沢は意外にも驚くほど樹々が少ない裸の高原だったのですが、その軽井沢が日本有数の別荘地へと育っていく過程において、大いなる足跡を残したのが雨宮啓次郎でした


実業家であった彼は、軽井沢の開発を志ざし国道18号の南、今の南が丘、南軽井沢に広大な土地を保有していたそうです。その広さ1000町歩といいますから、なんと3.3K四方の広大な土地でした。啓次郎は養豚などさまざまな事業を試みた後、用材として落葉松の植林を行います。現在の軽井沢の風物詩となっている落葉松は、彼の手によって植えられたものが多くあるとのことです。啓次郎などの植林、そして明治時代になって燃料が薪から石炭などへと移ったことも大きかったのでしょう、明治時代には広大な湿地帯であった軽井沢が、大木が林立する森の高原へとその姿を変えていきます。

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