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軽井沢エリア探索〜旧軽井沢

あなたは軽井沢に何を求めますか? もちろん、人によって軽井沢に求めるものは微妙に異なるでしょう。元々、明治時代に別荘地、保養地としての軽井沢を見出したのは、明治時代の外国人宣教師達です。キリスト教を布教するためという大義を掲げ、大海を渡ってやってきた彼らですが、異国の風習、言葉がまったく分からない当時、日本の生活には並々ならぬ労苦があったことでしょう。

また、ヨーロッパやカナダという日本よりの高緯度の国々からやってきた彼らを苦しめたのが、日本特有の夏の蒸し暑さでした。そのような彼らにとって、軽井沢の涼しさ、そして高地にありながら比較的平坦な軽井沢の地形に、故郷を思い出させるものを見たのかもしれません。

これらの外国人宣教師たちが最初に軽井沢に別荘を建て出したのが、旧軽井沢地区でした。当時のメインアクセスとなる旧中山道は群馬県側から旧軽井沢へと出てきていたので、当時に今のつるや旅館あたりは軽井沢の玄関口、このあたりに別荘を建てるのは自然なことだったのでしょう。

さて、遠くは慣れた異国の地に住み、とりわけ日本の夏の暑さに倦んだ彼らが求めたのは、自然の癒しでした。当時の写真を見ると軽井沢には今ほど大木がなく、草の高原といったイメージですが、今では旧軽井沢地域は大木が多く、夏でも日差しが遮られ涼しいという要素を最も色濃く持っている地域であるように思われます。

また、旧軽井沢は東に碓井峠、北に愛宕山、西に離山と三方を山に囲まれた地形であることも、気候に影響していると思われます。わたしも旧軽井沢が好きで時に別荘地を散策しますが、その時に感じ独特な落ち着いた感覚はこの地域に特有です。

軽井沢の原点ともいえる軽井沢ですが、ここに見られる魅力的な別荘の多くは多くの場合人気がなく、それほど活用されていないようにも見えます。ひとつにはもともと軽井沢の別荘は夏だけの使用を想定されてきたので、ここに多く残る古い別荘では断熱が充分でなく、通年の利用には耐えられないことも原因にあるようです。また、旧軽井沢は夏は涼しいが一年を通して湿気が高く、軽井沢町の中でも最も暮らしにくいとは地元の人々が口を揃えていうことです。

旧軽井沢地区の知名度の高さ故、土地の値段が高いことも影響してそうです。当然、場所によりますが、この地区の土地単価は坪30万円程度はするでしょう。長野県の条例で、別荘地は最低300坪必要ですから、旧軽井沢に別荘を持とうと思うと、土地だけで9000万円、一般の人々には到底手が届きません。不動産売買もそれほど活発に動いてはいないようです。

夏の避暑地から通年のネイチャーランドへ、今旧軽井沢はその素晴らしい魅力を次代に受け継ぐ術を知らず、ある意味産みの苦しみにあるといえそうです。