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軽井沢の起源

別荘地としての軽井沢は明治時代にカナダの宣教師に見出されたことが発祥であることはよく知られています。旧中山道沿いのひなびた寒村であった明治時代初期の軽井沢、冷涼な気候と溶岩系の土壌の軽井沢は農作に恵まれた環境とはいえなかったでしょう。実際に、明治時代の軽井沢では樹木は薪として苅られ、今よりもはるかに緑が少なかったと記録されています。

このような住民が暮らしていくには厳しい軽井沢の気候を、天からの恩寵として受け取ったのが、東京の遮熱に疲れた外国人宣教師でした。高温多湿の日本の夏の気候はヨーロッパやカナダ育ちの彼らには厳しく、当然当時はエアコンなどありません。まだ鉄道が開通する以前の明治時代、東京から軽井沢に来るのはさぞかし難儀であったことでしょうし、そもそも彼ら宣教師がどのようにして軽井沢のことを知ったのかも定かではありません。しかし、とにかく、彼らは理想的な避暑地として軽井沢を見出し、ヨーロッパ、カナダを思わせるその冷涼な気候は彼らを喜ばせました。

軽井沢をはじめに見出したとして有名な宣教師アレクサンダー・ショーがはじめて軽井沢を訪れたのが1985年、最初は民家を借りて夏を過ごし、その3年後の1988年には早くも軽井沢の最初の別荘を建てたとありますから、彼はさぞかし軽井沢に魅了されたのでしょう。

アレクサンダー・ショーは宣教師仲間たちに避暑地としての軽井沢の魅力を説明したのでしょう。その後、他の外国人達が軽井沢を訪れ、そのうちの何人かは別荘を建てます。外国人が日本を見出し、そして日本人が外国人の生活文化に触れる、まさに東と西が出会う場所としての軽井沢の特性がこの時運命付けられたと行っていいでしょう。