Loading…

軽井沢の別荘地図

軽井沢の別荘地としての歴史は、旧軽井沢から始まりました。明治時代の最も早い時期に軽井沢に別荘地を建てた外国人宣教師たちは旧軽井沢の愛宕山、旧軽井沢銀座から今の万平ホテルの裏手にまたがる地域に別荘を構えました。幸福の谷と呼ばれる一帯です。

宣教師達はそれほど大金を手にしていたわけではないでしょうから、建てられた別荘も質素なものでした。杉板や杉皮などの自然素材を多用し、森の木よりも低い平屋建てが森の中にひっそりと建っている、典型的な軽井沢の風景が旧軽井沢に生み出された所以です。

明治時代の西洋に学ぶ空気も影響したのでしょう。その後、軽井沢の自然に保養する宣教師達のライフスタイルを、当時、そのような経済的余裕があった人々、経済人、作家、政治家、軍人たちといった人々が踏襲していきます。

それに伴って別荘地も、旧軽井沢の桜沢、釜の谷といった軽井沢駅から見て右手から、鹿島の森、そして離山へと広がっていったように思われます。今、鹿島の森が軽井沢随一の高級感を誇るのもそのような歴史的背景によるものではないでしょうか?

このように見てみると、一般的に旧軽井沢として同じ地域にくくられる中でもそれぞれ地域ごとに特色があることに気付きます。

桜沢、釜の谷、愛宕山の旧軽井沢の東側では、建っている別荘も古いものは比較的小振りな平屋、造りも質素なものが多いように思われます。明治時代から100年経ち、当時植林された樹々が見事な大木となった今、三方を岡に囲まれ昼なお暗威、行き止まりのような地形でもあるので、別荘所有者以外の車が入ってくることも少ない。聴こえてくるのは、ただ風にざわめく樹々のつぶやきだけ。

このような軽井沢の真髄を求めるには、旧軽井沢東部はうってつけの場所といえるでしょう。そしてその中心部に万平ホテルがどっかりと鎮座し、深山の趣を壊すことなく華を沿えてくれています。